訪問型介護美容シニアビューティーサロンかつまる 代表 勝丸かな

 群れるのが好きでなかった。いわゆる女子の集まり、派閥、グループには属さない。そんな高校時代を過ごし、大学も特に何かしたいことがあるわけでもなく、行けるところへ入学した。興味があるのはファッションで、好きな雑誌は『non-no』と『Seventeen』。好きなブランドは『LOWRYS FARM』。なんとなく登校し、なんとなくバイトをし、休日にはなんばのLOWRYS FARMで買物をし、おしゃれを楽しむ。そんな毎日を過ごしていたが、自宅から徒歩圏内の商業施設にLOWRYS FARMが入って以来、グッと彼女の人生が動き始める。

アパレル=お客さんの可能性を広げる仕事

「LOWRYS FARMで働きたい!と思うようになりました。それまでは接客なんて興味がなかったし、しているバイトも接客とは呼べないレジ打ちでした。でもLOWRYS FARMが近くにできたことでアパレル業界で働きたくなって、気が付いたらそこでバイトバイトバイト。したいことが見つかった!と思って学校も辞めました」

 もともと目的もなく通っていた大学。両親も夢の見つかった娘を応援し、承諾。バイトで経験を積み、22歳で入社。店長も務めながら30歳まで働いた。

「大好きなブランドだったんですけど、LOWRYS FARMって若い子向けのデザインなんです。30歳になった時に、接客したいけれどお客様との年齢にギャップがあるなと感じるようになって、もっと幅広い年齢、アイテムを扱っているベイクルーズに入社しました」

 販売の仕事は面白い。来店したお客さんに「これが似合う」と思えばそれを提案する。試着したお客さんがそれを気に入り、購入する。それが一般的に想像されるアパレルの仕事だ。ところが現場に立つとさらに続きが生まれる。お客さんがそれを着て外出をする。すると友達に「似合うね」「服変わった?」と褒められる。そしてまた来店し、笑顔でその喜びを彼女に伝え、次の買物が始まる。「勝丸さんにアドバイスをもらいたい」と指名すら受けられるようになる。自分のアドバイスや見立てひとつでお客さんの可能性を広げることができ、「ありがとう」と言われることが、彼女にとってアパレルの販売、接客の仕事の魅力だという。

束の間の転職

 30歳で入社して7年が経った頃、新しい挑戦として、勝丸さんは同じ会社の靴屋の部門を担当することになった。

「洋服は上下で合わせたり、いろいろと組み合わせがあるんですけど、靴屋は靴だけじゃないですか。靴だけ売るのってすごい難しいと思い、そのスキルを学びたくて靴屋への移動を希望しました。でも、そこでコロナが来たんです」

 学びたいのは靴販売のノウハウ、スキル。しかしコロナの影響で客足は激減。アパレル業界も大打撃を受けた。次第に会社から求められるようになったのはECサイトの構築や、ここぞとばかりにオンラインで行なわれる研修。シューズ部門に配属されて一年、接客できないストレスから勝丸さんは半ば体調を崩すかのようにベイクルーズを退社し、不動産会社の事務の仕事を始めた。

 ところが不動産業も彼女には向いていなかった。営業からの書類を受け取り、整理をする。碌に挨拶やお礼が言えない営業職の姿はまさに衝撃的だった。自分のことは自分でするのがアパレル業界。人の仕事の処理をし、それに対してお礼の会話さえ交わされない会社では「ありがとう」の言葉が嬉しくて仕事をしていた彼女が満たされることはなかった。さらに会社で制服に着替えるのも面白くなかった。接客の時は自分が見本となってオシャレを楽しむ。今日はどれを着て行こうかなと考え、悩み、その服で一日勝負する。ところが通勤時しか自由な服を着用できない仕事はおしゃれをする楽しみがない。

「私は人と話すのが楽しい。もっとおしゃれを楽しみたい。アパレル業界に戻ろう」

 1年も経たないうちに不動産業界に見切りをつけ、自分の天職であるアパレル業界に舞い戻った。

介護美容との出会い

 大好きな仕事といっても当然楽ではない。ストレスはかかるし、立ったりしゃがんだりの動きもある。肩や腰が痛くなることもあり、整骨院に通うようになった。そしてそこで勝丸さんの人生を揺さぶる新しいきっかけが訪れる。

 出会ったのは整骨院の受付の女性。

「私、介護美容がやりたいんです」
 という女性の一言に妙に興味をそそられた。介護美容とは障害、介護、加齢、病気などが原因で自分でおしゃれができない人に美容を施す仕事。介護施設やご自宅へ伺い、生活の質や自己肯定感の向上を目的として、『心のケア』を重視しした美容の施術を行なうというもの。

 最初は「へ~、そんな仕事があるんや」くらいに思っていたが、気になって調べてみると自分に向いているのではないかと思えてきた。

 介護美容と聞いて、ある年配のお客さんの顔が浮かんだ。自身でおしゃれを楽しんでいるそのお客さんは、いつも明るく、若々しい。おしゃれを楽しむということは自分でその日のファッションを考えることであり、それを自分で確認することであり、周りの反応に喜ぶことでもある。それは即ち、頭も、視覚も、心も動かすこととなる。もしもお客さんが介護が原因でおしゃれを楽しめなくなったらどうなるだろう。自分が接客できなかった時や、不動産会社に勤めていた頃のように何も楽しみを見いだせず、心も身体も、マイナスの方向に向かってしまう。ところが介護美容があれば、例え介護になっても人の手を介して綺麗になることができる。いつまでも元気で自分らしい生活を送るお手伝いができるかもしれない。

 自分がアパレルで感じた『お客様の可能性を広げることができる』という思いが、自分の描く介護美容とリンクした。

 気になったら動いてしまう性分の勝丸さん。すぐに介護美容の学校に入学し、学び始めた。

 最初に気づいたことは、自分が介護業界を全く知らないことだった。

「要支援、要介護という言葉すら知らなかったので、もともと介護業界にいるクラスメイトの自己紹介を聞くだけでびびりました。私、全然知らないんだなって思いましたね」

 さらにはメイクの方法も高齢者専用のメイクがあるということを知る。ひと口にメイクといっても相手はお年寄りや障害者。しわがある、肌がデリケート、車いすに乗っている、寝たきりと、さまざまなシチュエーションが予想できる。学校では現場研修があり、実際に座学で学んだあとは介護施設へ出向いて実践の場を与えてくれる。インプットとアウトプットを繰り返す授業は、勝丸さんにとって素晴らしいカリキュラムだった。

 学校ではネイル・メイク・エステを学んだ。そのどれもが素晴らしい学びだったが、とりわけメイクとネイルが性に合った。

「メイクが素晴らしいのは自己肯定感が上がるところです。写真を撮る時にメイクは本当におすすめなんです」
 写真撮影はもちろん、少しの外出だったとしてもやはり女性にとってメイクは必要不可欠。それはいくつになっても変わらないことだと、勝丸さんの長年の経験が知っている。

「あと、ネイルの効果もすごいんですよ。メイクはその日に落とすし、身体が自由じゃないから自分で鏡を見る機会も少ないんです。でもネイルは自分で見れるじゃないですか。手を動かさなかった方が自分のネイルを見るために手をあげるんです。指を動かすんです。これも小さなリハビリになるんですよね。言葉がなくても動きで喜びを見れるのが嬉しいです」

 クラスメイトには看護師、介護士、主婦などたくさんの人がいて、年齢幅も22~57歳と広かったが、目的が同じだから話も合う。高校時代は派閥やグループとは縁のない学生生活を送っていた勝丸さんも、ここでの出会いと学びは純粋に楽しかった。

本来の笑顔と、会話と、声を残す『思い出フォトビデオ』

 在学中も働いていた勝丸さんだったが、こんなエピソードを話してくれた。

 勝丸さんの接客やアドバイスを気に入ってくれたご夫婦がいた。以前はよく買物をしに来てくれていたが、ある日ぱったりと来なくなった。しばらくして久々に来店してくれた際に理由を尋ねると、自宅で親を介護しており、目の前で親が苦しんでいるのを見て、買物をする気になれなかったとのことだった。今は介護施設に入所し、時間ができたから買物を楽しんでいるという。

 おしゃれができないのは病や加齢に悩まされる人だけでないのだ。介護に関わる家族もまた、自由におしゃれできない現状を知った。でも、訪問型介護美容ならご自宅に行くこともできる。そこで今回のように介護する側の方にも美容を提供することができる。

 勝丸さんは自身の思い描く訪問型介護美容のことを話し、「介護する方もされる方も、美容を楽しんでいいんですよ」と彼女に伝えてみた。彼女はその場で涙を流したという。

 これが介護をしている人のリアルな反応。介護という大きな問題に直面する人のリアルな感情。訪問型介護美容を必要としている人が世の中にはたくさんいるのだと感じた。

 学校を卒業し「シニアビューティーサロンかつまる」を起ち上げ、多くの方に美容を提供している勝丸さん。介護施設や個人宅に訪問し、学んだ技術とアパレルで培った『可能性を広げる力」を目の前のお客さんに全力で提供している。

 先日は自分に介護美容を教えてくれた整骨院の受付の女性のお母さんにメイクとネイルを施した。しかも、動画を回しながら。

 写真は一瞬の切り抜きでしかないが、動画はその時、その会話の流れもわかる。
 これが勝丸さんの『思い出フォトビデオ』。動画クリエイターの友人と始めた新しいサービスだ。

 勝丸さんが動画に拘るのには訳がある。彼女が22歳の時、父親を病気で亡くした。当時は父と仲良くなかった時期で、最後の思い出を作ることなくお父さんは亡くなった。仮に記録を残そうとしていたとしても当時はまだガラケーの時代。今ほど手軽に、鮮明に動画は残せない。

「動画なら、声が残るんです。会話が残るんです。亡くなった人って顔は思い出せても声はなかなか思い出せない。でも声も大切な思い出で、記録です。そこに写真じゃなくて動画で残す意味があると思うんです」

 カメラが回っていると最初はなかなか笑えない。そこに美容というツールを用いて心のケアをするのが勝丸さんの役割。美容で心を解放し、本来の笑顔を作ることが訪問介護美容と『思い出フォトビデオ』の目的だ。

 是非とも文末の動画を確認してほしい。最初は不安そうだったお母さんの表情が、ネイル、メイク、会話を介して和らいでいくのがわかる。

「歳を取ると『おしゃれなんて…』という方がいますが、身なりに気をつけるって、頭にとてもいいんです。毎日の服装を考えたり、クローゼットから服を取り出したり、おしゃれな人は頭を使っているんです。だから若々しいんだと思います。おしゃれを諦めたら元気がなくなります。そんな人を増やさないために、私は訪問介護美容を始めましたし、また頼ってもらうには私自身も綺麗であり続けなければいけません。だからアパレルの仕事もやめませんよ」

 アパレルという自分の道を見つけ、その道を介護美容へとさらに進めた勝丸さん。

『思い出フォトビデオ』が多くの方に利用されることで、介護する人も、される人も、明るく、おしゃれな未来が訪れてくれることを切に願う。

訪問型介護美容
シニアビューティーサロンかつまる
katsumaru.kana@gmail.com
思い出フォトビデオ

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この記事を書いた人

熊本県八代市出身
兵庫県西宮市育ち
大阪市在住
九州男児と胸を張るが実は熊本は生まれただけ。
当然のようにネイティブ関西弁を扱う。

ライター時代は格闘技、美容、風俗、コラムなどを執筆。
現在ラヂオきしわだにて「風祭耕太のわらしべTalking」を担当。
2022年5月kazamatsuri-magazineスタート。

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