株式会社blanc 代表取締役 大西今日子

笑顔の魔法をかける美容師

 高齢者施設のおばあちゃんが嬉しそうにウェディングドレスで写真を撮る。おばあちゃんたちはみんな笑顔で、その写真を誰かに見せてはまた笑う。「笑顔の魔法」は連鎖し、たくさんの人を幸せにする。

 美容室【blanc(ブラン)】の店主、着付け教室【伝統文化をつなぐ会】の代表、【スタジオ ブランケース】の運営を務める大西今日子さん。髪を切るだけの美容師と違い、カット・ヘアセット・メイクや着付けなど、トータルビューティーを手掛ける『〔美容〕師』だ。
 
 生まれは熊本県宇城市三角町。育ちは大阪府豊中市。生まれた時からおじいちゃんっ子で夏休みのたびに三角町の祖父の家に行き、無邪気に五目並べなどをして楽しむ子どもだった。

「家が貧乏だったんです」と彼女は笑う。本当は大学に行ってテニスをしたかったが、家が貧しかったため学費がない。だったら自分で稼ごうと高校三年生でバイトを三つ掛け持ちしながら200万円を貯め、大学受験に臨もうと決めた。朝から学校へ行き、日中は勉強し、放課後にバイト、バイト、バイト。少ない睡眠時間で朝を迎え、また登校する。いつの間にか目的は200万を貯めることとなり、勉強が手につかず受験は失敗。見事に落ちた。

「大学に行けなかったら手に職を持つしかないですよね。手に職といえば美容師と看護師が浮かびましたが、看護師は専門学校に行かなきゃダメなんです。でも美容師は通信教育で大丈夫とのことだったのですぐに美容室で見習いとして働きながら勉強を始めました。メイクや着付けを勉強しだしたのもこの時期です」

独立後も怠らない努力 

 大西さんは夢のビジョンを描くのがうまい。10年で独立すると決めて仕事に勤しみ、実際には9年、27歳の時に独立。フランス語で「白」を意味する美容室「blanc」をオープンさせた。
 一国の主にはなったが彼女の活躍の場に終わりはない。オープン以来、お店も繁盛していったが、それでも予約のない時はメイクや着付けの実践を続けた。
「お山の大将にならないようにずっと勉強は続けてきました。予約の合間にフォトスタジオの専属美容師としてメイクやヘアセットを。着付けを極めるために結婚式場でも働きましたし、美容室のあと、夜の時間帯は北新地で着付けをしていました。結婚式での着物はきつめに着るし、新地だとお酒飲んだりもするので少し抜いた感じの着付けになります。そういう使い分けがしっかりできるようにならないとと思いまして」

 「技術は金で買えない。技術は宝だ」とは着付けの先生の言葉だ。トータルビューティーを手掛ける『〔美容〕師』は休むことを知らない。結婚し、妊娠。臨月で引っ越しをし、出産後すぐに美容室をオープン。子どもを保育所に預け、お迎えはファミリーサポートに託し、その間に北新地で3時間ほど着付けの仕事。着付けのバイト代はファミリーサポートへの支払いへと消える。そういう意味ではお金にならない仕事だったが、技術として、経験として今の大西さんを支えている。

高齢者施設で気づいた「笑顔の魔法」

 blancをオープンして一年ほどたった時に感じたことがある。

「和歌山とか、他府県からもお客さんが来てくれるんです。恵まれているなと思いました。だからそれを還元したかったんです。高齢者や障害者の役に立ちたいと思ったんですね」

 いつの間にか美容室はたくさんの人が訪れるお店となった。その感謝、恩恵をお客様ではなく、高齢者、障害者に送りたかった。この思考は、彼女が少しの興味から学び始めた陰陽五行論に通じている。

 世の中を構成する五行【木・火・土・金・水】。
 水は木の成長を促し、木はその恩恵を水ではなく火に注ぐ。火は木に助長されさらに炎を大きくさせる。

 お客様からの恩恵を世の中の別の方にお返ししたい。できることなら困っている方や弱い方々のお役に立ちたい—。
 そんな思いで始めたのが高齢者施設でのボランティアカットだった。そこで彼女は「笑顔の魔法」に出会うことになる。

「カットの奉仕をすると皆さん喜んでくださるし、スッキリはするんですね。でもその時だけなんです。そんなある日、仲の良かったおばあちゃんが80歳の時に撮影した写真を見せてくれたんです。『誕生日に撮ってもらったのよ』って。もちろんその写真も素敵だったんですけど、その時のおばあちゃんの笑顔がとても綺麗だったんですね。ああ、写真ってこんなに人を笑顔にする力があるんだって思いました。そこで思いついたのが出張シンデレラサービスです」
「ウェディングドレスをおばあちゃんに着てもらおうと思いまして。結婚式場で働いていた時に感じたことなんですけど、どんな方でもウェディングドレスに手を通したときにすっごい綺麗になるんですね。80歳代のおばあちゃんって、戦前戦後のタイミングでウェディングドレスを着ていない方がたくさんいるんです。なのでウェディングドレスの魔法と、写真の持つ笑顔の魔法を提供したくなりました。思い出だったり、サプライズだったりで綺麗な姿を写真に収めて持っていて欲しいなって。常に美しい写真を置いていて欲しいなって。そんな風に思って出張シンデレラサービスを始めました」
 笑顔の魔法の効果は絶大で、過去には90歳のおばあちゃんが自身のウェディングドレスの写真を見た途端、いつも持っている杖を手放して喜んでくれたという話もある。写真を見ることで若返りの効果があるのは間違いないようだ。

ケアマネージャーからの依頼

 ある日、ケアマネージャーから出張シンデレラサービスの依頼が来た。

 きっかけは筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っている方からのひと言だった。瀕死の状態で「17歳になる娘の結婚式のウェディング姿が見たかった」と言ったらしい。

 ALSとは身体を動かすのに必要な筋肉が徐々に痩せていき、力が入らなくなる病気で、原因も治療法も分かっていない。
 大西さんはすぐに出動し、娘にウェディングドレスを着せ、ヘアメイクを施し、サプライズとして父親の前に立たせた。

 家族の大切な時間がゆっくりと流れるー。

 見ることが叶わないと思っていた花嫁姿を目の前にしたお父さんは「これで結婚した姿が想像できた」と泣いて喜び、感謝と満足の気持ちを抱いて、一週間後に亡くなった。

  その時の写真は今でも大切に飾られている。

「たった一人の、たった一枚の写真でも、その家族全員が幸せになるんです」
 病気であろうと、高齢であろうと、写真の与える力は変わらない。

ブランケースの誕生

大西さんの根底にはいつも「人に感動してもらいたい」という思いがある。その瞬間を残す写真や動画、そしてヘアメイクとドレスを使った「笑顔の魔法」をもっと多くの方に広げようと、その志に賛同し、持つ技術と情熱を余すことなく注いでくれるフォトグラファー・レンジャー前田さんと組み、2023年3月に【スタジオ ブランケース】を起ち上げた。

 テーマは「永遠に美しく」。

 今では高齢者や障害者だけでなく、ご主人から奥様へのサプライズなど、多くの方が利用している。

 併せてブランケースでは思い出の一枚だけでなく、遺影の撮影も手掛けている。遺影を撮影しようと思ったきっかけは自身の父親だ。

 大西さんの実家の仏壇には数年前に亡くなったお父さんの遺影が飾られているが、そのネクタイは歪んでいる。
「父は料理人でした。だからスーツなんて着ない人なんですね。その遺影はたまたま親族の結婚式の時の写真で、着なれないスーツだったんです。父の記憶が時間とともに薄れていく中で、毎日遺影を見ているとネクタイを歪ませてスーツを着ている姿こそが父になるんですね。ちゃんと本当のその人自身を撮らないと、その人のいない遺影になっちゃうんです」
 遺影は生きてきた自分自身の集大成。終活という言葉を耳にするようになった昨今、高齢者からの「遺影を撮影しておきたい」という依頼や、ご子息、ご息女からの「お父さんらしい、お母さんらしい写真を撮りたい」という願いは少なくない。

母への思いと次なる目標

 人のために何かをしたいという大西さんの思いは次々に実現していく。美容師はシャンプー、ドライヤー、整髪料の影響で手が荒れる。それを改善するために12年前に開発したこだわりの4つの成分だけで作った安心の全身使えるオイルは敏感肌の方や同じ悩みを持つ美容師にもおすすめできる商品となった。セット材としても使え、髪につけた後、手を洗わずにそのまま肌に塗り込める。

 着付け師としては使わなくなった帯を美しく織り込み、ほどけばまた元に戻る斬新なタペストリーとして再び命を吹き込んでいる。

 これらの行動、活動の原点は一体どこにあるのか。

「学生時代は本当に貧乏でした。文化住宅でお風呂にはシャワーもなかったし、トイレは和式。友達を呼んだりもしたことないです。お母さんからはいつも『ブサイク』と言われていました。だからかな? 今はキレイなものを見たいし、人を美しくしたい。関わる人たちに感動を与えたいんです」

 恵まれない環境で育ち、母親からは「ブサイク」といわれる。学費がなくて、勉強を捨ててバイトもした。辛く、苦しい人生に思えるが、彼女自身に負の感情はない。

「だって貧乏だったけど毎日ご飯作ってくれたんですよ。工夫して美味しい料理を食べさせてくれました。だからお母さんにはよくしてあげたいです。守ってあげたいです」

「10年で独立の夢を果たした時、新しい夢はお母さんにシステムキッチンをプレゼントすることだったんです。今、お母さんは私の店の隣の広い一軒家に住んでもらっています。システムキッチンではありませんが、広いキッチンとお風呂があります。でも、賃貸なんですね。だから今度はどこか風通しが良くて、山が見えて、太陽が燦々と降り注ぐ場所に家を建てて、お母さんにプレゼントしたいです。で、そこをスタジオにしたりなんかして。ウェディングドレスだけで40着。着物も100着以上あるんですよ。置き場所だけでも大変で」

 きっと実現してくれるであろう未来をイメージしながら見せるその笑顔は、幼い頃におじいちゃんと五目並べをしていた頃と同じ、無邪気なままだ。祖父を思い、母を愛した大西さんは、明日も笑顔の魔法を多くの方に届けてくれる。

STUDIO BLANC K’S
大阪箕面市箕面6-2-18
https://blanc-minoh.com

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STUDIO BLANC K’Sの紹介動画

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この記事を書いた人

熊本県八代市出身
兵庫県西宮市育ち
大阪市在住
九州男児と胸を張るが実は熊本は生まれただけ。
当然のようにネイティブ関西弁を扱う。

ライター時代は格闘技、美容、風俗、コラムなどを執筆。
現在ラヂオきしわだにて「風祭耕太のわらしべTalking」を担当。
2022年5月kazamatsuri-magazineスタート。

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